明るい人でも、ひとりが好きだった
昨日、何気なくテレビをつけていたら、渡辺直美さんが「孤独が好き」と話していた。
正直に言うと、少し驚いた。
直美さんといえば、明るくて、人を笑わせて、場の空気を一気に変えてしまう存在だ。
いつも誰かに囲まれていて、賑やかで、エネルギーに満ちている人という印象があった。
だから僕は勝手に、「一人でいるより誰かといる方が楽しい人」だと思い込んでいた。
その直美さんが、さらっと「ひとりの時間が好き」と言ったのだ。
その一言が、妙に胸に残った。
「僕とは違う人」と思っていた
僕は自分のことを、決して社交的なタイプだとは思っていない。
人と過ごす時間は嫌いではない。
信頼できる人となら楽しいし、「会ってよかった」と思うことも多い。
それでも、どこかでこう感じてきた。
- みんなはもっと人が好きなんじゃないか
- 僕は少し変なのかもしれない
- ひとりの時間をこんなに求めるのは弱さなのかもしれない
特に、「完全に一人でいる時間が楽だ」と感じる自分に、ほんの少しだけ後ろめたさがあった。
「もっと人に会いたいと思うべきなのではないか」
「寂しがる方が普通なのではないか」
そんな考えが、うっすらと頭の片隅にあった。
テレビを見て生まれた感覚
直美さんの言葉を聞いたとき、僕はこう思った。
「こんなに明るい人でも、ひとりが好きなんだ」
それは単なる共感というより、安心に近かった。
僕と直美さんは、性格も生き方もまったく違う。
テレビの世界で活躍する人と、日常を生きる僕では、環境も立場も別物だ。
それでも、「孤独が好き」という一点でつながった気がした。
その瞬間、胸の奥にあった小さな重さが、ほんの少しだけ軽くなった。
なぜ「ひとり」が楽なのか
その夜、改めて自分の気持ちを振り返ってみた。
僕が「ひとりが楽」と感じる理由は、たぶん三つある。
一つ目は、神経を休ませられるからだ。
誰かと一緒にいると、無意識に相手の表情を気にしたり、会話の流れを考えたり、場の空気を読んだりしている。
それ自体は悪いことではないが、少しずつエネルギーを使う。
完全に一人のときは、そのコストがゼロになる。
何も気にせず、ただそこにいられる。
二つ目は、自分のリズムに戻れるからだ。
誰かと過ごすと、食事のタイミングや会話のテンポ、行動のペースを自然と合わせることになる。
それも楽しいのだが、ときどき「自分100%の時間」が恋しくなる。
一人の時間は、すべてが自分のペースだ。
それが心地いい。
三つ目は、「自分に戻れる場所」だからだ。
人といる自分も本物の自分だが、
ひとりの静かな自分もまた本物だ。
そのどちらも大切だと、ようやく思えるようになった。
孤独は弱さじゃなかった
振り返ってみると、僕が好きなのは「誰とも関わらないこと」ではなく、
自分に戻れる時間なのだと思う。
誰にも気を遣わず、
会話を考えず、
空気を読まず、
ただ静かに自分でいられる時間。
それは逃げではなく、回復だった。
孤独は、寂しさの象徴ではなく、心の休息だった。
僕の“楽しい孤独”とは
僕にとっての孤独は、
- 寂しさではなく静けさ
- 孤立ではなく自由
- 空白ではなく余白
そんな時間だと感じる。
人と過ごす時間も好きだ。
誰かと笑ったり、話したり、共有する時間は確かに大切だ。
でも、ときどき完全に一人でいられるからこそ、また人に会いたくなる。
どちらか一方では足りない。
どちらもあって初めて、僕はバランスが取れる。
直美さんがくれた小さな気づき
テレビ越しの一言で人生が劇的に変わったわけではない。
それでも、昨日の僕は確かに少し変わった。
「ひとりが好きでもいいんだ」と、ほんの少しだけ自分を肯定できた。
それは派手な変化ではないけれど、静かで確かな安心だった。
少しだけ、自分を許せた夜
その夜、僕は一人でソファに座り、ぼんやりテレビの画面を眺めていた。
特別なことは何もしていない。
ただ静かに時間が流れていただけだ。
それなのに、心は不思議と穏やかだった。
「これでいいんだ」と思えた。
おわりに
もしあなたも、
- 人といる時間は好きだけど
- ときどき完全に一人でいたい
と感じているなら、それはおそらく健全な感覚だ。
明るい人でも、人気者でも、ひとりの時間を大切にしている。
だから僕たちも、自分の「楽しい孤独」をそのまま受け取っていいのだと思う。
